久さん(L) つっちー(食) 一桝(記)
24日 夕刻
クリスマスイブの夕方
一通のメールが高山隊長から届いた。
”高山です。本日会社を休んだのですが
熱がどんどん上がってきて
インフルエンザかもしれないので
これから病院に行く状態です。
大変申し訳ないのですが
年末山行キャンセルでお願いします”
なんと!リーダー不参加のメール。
富士山に引き続き「はしご外し作戦」だ。
登った僕らは降りられなくなった。
うーむ どうする。
酒好きの河原さんが同じ日程で甲斐駒、仙丈に入るというし
そっちに宴会便乗するのも楽しソー!
それとも僕と久さん(きゅーさんと命名)、つっちー3名で
常念岳登頂を狙うか・・・・。
うーむ。
やはり高山隊長不在ぐらいで
このルート変更はあり得ない。
よし!3人で行きましょう!
ということになった。
協装はすべて高山隊長宅にある。
返信の遅れがちなメールは
高山隊長の病状をさらに物語っていた。
25日 夜
ぎこちないメールのやりとりの後、
クリスマスイルミネーションの街を抜け
高山隊長のマンションを訪ねた。
「いやーホントスミマセン・・・」
つくり笑いの顔。
どす黒く、くすんだ艶の無い肌。
蚊の鳴くような声とはこういう声を言うのか・・。
心なしか文字のフォントまで色が薄く見える。
目の前の男は一体誰なんだ・・・。
それは完全に廃人となった隊長。
いつもの強烈なパワーとエネルギーに満ちた
強靱な肉体を見せてくれた
僕らのヒーローは幻だったのだろうか。
目の前には生気を完全に抜かれた屍が
うすら寒いマンションのエントランスに
陰すら薄く立ち尽くしている。
「大丈夫ですかぁ~?ヒトココまで借りてスミマセン!」
そう心にもない事を言いながら
「今なら勝てる・・・」
そう思った。
27日 曇天
僕と久さん(きゅーさんと呼んで下さい)、つっちーは
小雨交じりの中央高速を飛ばした。
薄氷の張った”ほりでーゆ”の先のゲートには
2台の車が止まっていた。
積雪は4~5㎝だろうか。
協装の振り分けを行い須砂渡ダムのゲートを
10:00 出発
11:05
本沢の橋を渡り東尾根にとりつく。
エルニーニョの影響で全国的に
雪不足となっている今年は
東尾根の笹藪を隠しきっておらず
ヤブこぎを強いられながら
雪かぶりの登山道をトレースするのに苦労する。
ロールケーキ宅配人の久さんは
ザックの上部にロール状にくくりつけたマットが
ヤブにマットがひっかかり思う様に進めない。
それでも頑張って、
当初は1390地点で幕営予定だったが
16:00
高度を稼ぐために1550で幕営する。
28日 快晴
6:30 出発
明後日の登頂を確実なものとするために
今日は前常念の先の2650で幕営したいところ。
しかし
なかなか高度は稼げず
隊の進行が思う様に前進しない。
14:00 幕場到着
2150で幕営
しかしこれは結果として正解だった。
29日 曇りのち晴れ 風速15
思う様に高度を稼げない樹林帯に
半ば嫌気が差した僕らは
上空の強風も予期されることから計画変更を行った。
現在の2150の幕営をBCとし
当初、南東尾根を下降するルートではなく
頂上ピストンに変更する。
これで荷物の呪縛から逃れられ
どんな状況でも登頂できるだろう。
7:00 出発
ヤブや踏み抜き、ラッセルに苦労しながら進む。
しかしここでハプニングが起こる。
低温下に強いと自負している久さんが
油断から低体温症直前になる。
防寒具をすぐに着させ
手袋も数枚重ねカロリー補給し
「大丈夫ですか」と確認する。
目に生気が無い。
数日前に見た誰かのようだ・・・。
志気の下がった二人のおしりを
優しく撫でたり叩いたりしながら
登頂の意思確認をし出発することに。
岩稜帯の通過に苦労しつつも
ノーザイルで通過。
12:00前常念にたどり着けなければ
敗退だかんねー!
などと言いながら11:50 通過。
当初はここで幕営予定だったが
雪がまだ締まっておらず暴風壁の作れない
この稜線上にテントは張るのは難しく
また、今日の行程を考えたとしても
昨日の段階でここまで来るのは
不可能だったよねと
今回の予定変更は結果オーライだった。
13:00までに常念岳山頂にたどり着けなければ
敗退だかんねー!などと言いながらも
12:45 快晴の山頂に充実した3人は立っていた。


危惧していた岩稜帯の下降も
思いの外すんなり行き
一旦登頂を諦めかけただけに
下山路は大いに3人で盛り上がった
15:35 BC到着
しかし・・・。
29日 夕刻のテント。
今日は登頂を無事に果たし
早くあったか晩ご飯にしようよー!
もー!はやくはやくー!♪♪♪
と食器をカンカン鳴らし、盛り上がるテント内。
そこで事件は起きた。
「お米も一緒に煮ちゃえばいいよね」
食担のつっちーは緻密な計算、計画のもと
最終日の晩餐を野菜とベーコンたっぷりの
「愛情たっぷりあったかリゾット」を準備してくれた。
登頂祝いの夕飯がレトルトなんかでは侘びしいと
精一杯メニューを考えてくれた事が嬉しい。
野菜とベーコンを入れたリゾットは
それはそれは心も身体も温まる
最終日の晩餐にふさわしいディナーとなるだろう。
しかし
言わずもがなリゾットは「お米感」が命。
「お米感」がなくなればそれは、
ただの「おじや」「雑炊」
さらには「病院食」になってしまう。
その”あんばい”が重要なのだ。
なのでアルファー米の戻し方に
全神経を集中させ完遂させることが
登頂より重要なミッションであることは
誰もが理解している・・・ハズ・・だった。
しかし・・・
「お米は別で戻したほうが美味しいと思う・・・。」
つっちーはか細い声でそうつぶやいた。
アルファー米の容器にお湯を入れて
お米はお米だけで戻すのが間違い無いというのだ。
至極まっとう。
しかし久さん(きゅーさん)は
そんな彼女の気持ちを知ってかしらずか
「お米も一緒に煮ちゃえばいいよね」
そう言いながら
まだ野菜も煮えていないビリーカンの中に
ドサドサとアルファー米を放り込んだのだ。
「!!!!」
「料理は科学だから ふふ♪」
どこのシェフのうんちくなのだろうか、
登頂後の久さん(きゅーさん)は上機嫌だった。
凍り付くテント
ビリーカンのフタを取ると
そこにはたっぷりと水分を含んだ
元、米 があった。
まだ野菜が煮える時間ではないので
この状態でさらに煮なければならない。
やっと事の重大さに気づいた久さんは
「も・・・もっと水を入れようよ」
と言い出した。
「え!味が薄くなっちゃうぢゃん!」
という僕の声に
「コンソメがある・・・」
と、か細い声でつっちーが力なくつぶやいた。
ビリー缶にドボドボと注がれる水
一瞬、リゾットっぽくなったが
すぐに水分を含んで膨張をはじめた。
さらに顔がこわばり動揺を隠せない様子で
水を足し続ける久さん。
うつむいたまま、コンソメを差し出すつっちー。
最後にビリーカンの蓋を開けたとき
そこには食べきれないほど膨張した「おじや」が詰まっていた。
「私のリゾットが・・・」
つっちーの長くたれた髪の間から、
涙がひとしずく落ちたような気がした。
風はまだやまず
バタバタと凍り付いたテントをたたいていた。
【行動時間】
27日 ゲート 9:30 ⇒ 出発 10:00 ⇒東尾根取り付き 11:05 ⇒ 1550幕営 16:00
28日 出発 6:30 ⇒ 2150幕場 14:00
29日 2150 BC出発 7:00 ⇒ 前常念 11:50 ⇒ 常念岳山頂 12:45 ⇒ 2150BC到着 15:35
30日 2150 BC出発 7:00 ⇒ 1328林道分岐 9:17 ⇒ ゲート 11:00











